身体知
こんばんは!
今日もおつかれさまでした(^ ^)
できるだけ毎日コツコツと。。
「身体知」という言葉が好きです。
この言葉を知ってから、自分が物事を理解する、ということや、言葉を紡ぎ出す、ということ、また、相手になにかを伝えて理解してもらう、ということに、時間の流れが必要なんだとわかり、焦らなくなりました。
「身体知」という言葉から、人がなにかを理解する、わかるということは、頭の理解と身体の理解に時間差が生まれるということなのだな、と学びました。
身体は知っているけれども、それを頭が理解して言葉に置き換えることができない状態。
それと反対に、頭では知っているけど、身体や心に染み渡っていない状態。
中学生の娘が、小学校5年生から6年生ぐらいの時に、よく保育園時代の「あの時はこうだった」話をしていたことがあり、そっか、やっと言葉が追いついたのか、と思いながら聞いていたことがありました。
もちろん、子どもだけでなく、大人も日々、なかなか気がついていないかもしれませんが、そんな体験を積み重ねています。
誰かになにかをわかってほしい時は、頭と身体と心の理解に時間差があることをわかっていないと、なんでわかってくれないの?、と焦ります。
なにかを理解するということは、一人、ひとり、の時間の流れの中でしか、染み渡っていかないということ。
むりやり言葉だけでわからせようとしても、なかなか難しいことだということ。
そして、伝える側は、時間差があるので、今、この瞬間にはわかってくれなくても、きっといつかわかってくれるはず、と、相手のことを信じる強さも合わせて必要になります。
それが、たとえ何年後になるとしても。。
そして、ホントに時間の流れは偉大なので、強さだけでなく楽観的に、時間の流れに任せましょ!ぐらいの気持ちも大切なのかもしれません。
すべては神様の成せる業・・・なのですから。
***今日の空***
空からも雲からもやさしいパワーを感じました。。
今日も読んでいただいてありがとうございました!
明日もステキな一日になりますように。。
ではでは、また。